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日本の文化遺産を巡る旅

後世に引き継ぐべき歴史的・文化的遺産が日本全国に数多く点在しています。日本の原風景ともいえる景観や天然記念物、それに匹敵する有形遺産を維持保全しながら旅館やホテル業などを営んでいる施設が連携をしております。多くの皆様に訪れていただき、世界に誇れる日本の文化遺産的施設や独自のおもてなしをご堪能ください。お待ちいたしております。

東北の会員

乳頭温泉郷 鶴の湯温泉

秋田県

乳頭温泉郷 鶴の湯温泉

ニュウトウオンセンキョウ ツルノユオンセン

〒014-1204

秋田県仙北市田沢湖田沢字達沢国有林50 地図

TEL0187-46-2139

公式サイトhttp://www.tsurunoyu.com/

室数34室 料金一泊二食付き 8,790円~

チェックイン15:00 チェックアウト10:00

日帰入浴10:00~15:00 大人600円 子供300円

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俗塵を忘れる自然境

「鶴の湯由来記」によると、「田沢の湯」と呼ばれていた1638年には秋田藩主佐竹義隆公が、1661年には亀田岩城玄藩公が湯治に訪れたと記されている。

宿を象徴するかのような茅葺の本陣は、藩主の警護の士が詰めていたという長屋のたたずまいを今に伝え、往時の雰囲気を再現しており訪れる人々の哀愁を誘うのである。

乳頭山の深い山あい、湯の沢渓流を挟み温泉棟と本陣に象徴されるような宿泊棟が点在しており、旧態依然とした湯治場風景を見せている。当主の佐藤さんは、「人の手が入らないと素朴さは雑に変わり、入りすぎれば郷愁を失う」という信念の持主で、それは温泉宿を取り巻く環境設備とその建築群にも表れており、日本の原風景といえるたたずまいを見せている。この深山の地で、自然との共生を問いかけ、自然に融和した建築群が、国の登録有形文化財になったのは平成21年である。

強首温泉 樅峰苑

秋田県

強首温泉 樅峰苑

コワクビオンセン ショウホウエン

〒019-2335

秋田県大仙市強首字強首268 地図

TEL0187-77-2116

公式サイトhttp://www.syohoen.net/

室数7室 料金一泊二食付き 15,810円~

チェックイン15:00 チェックアウト10:00

日帰入浴11:00~15:00 大人600円 子供300円

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歴史の重みを今に伝える大庄屋の屋敷

樅峰苑は、代々名主を務めた小山田家12代当主の邸宅として1917年に建てられたものである。その後、周辺で温泉が発掘されたのを機に屋敷を改修、宿として営業するようになったのは1966年、90余年が経った今も威風堂々としたたたずまいを見せている。

表玄関の屋根は再勝負が社寺建築を思わせる千鳥破風、中上部が入母屋造り、下部が唐破風という凝った手法が採用されている。屋内の1階にある食事室は中央の柱を軸に襖で仕切られた10畳の4部屋となっているが、この柱は着脱可能な造りで、取り外すと40畳の大広間となる。玄関口の廊下には16メートルの天然秋田杉の一枚板を使用し、2階への階段には宮大工ならではの技が光るルネサンス調の設えなど見所も多い。2階客室の造りも決して華美ではないが、床の間や欄間は繊細で質実、豪農屋敷の風格が醸し出されている。

母屋全体が登録有形文化財として登録されたのは平成11年10月で、16代当主の小山田明さんは「この町の歴史の証として守り続けたい。特に日本の伝統建築に興味のある方はお泊まりいただきたい」と話している。

鎌先温泉 最上屋旅館

宮城県

鎌先温泉 最上屋旅館

カマサキオンセン モガミヤリョカン

〒989-0231

宮城県白石市福岡蔵本字鎌先1-35 地図

TEL0224-26-2131

公式サイトhttp://www.mogamiya.net/

室数45室 料金一泊二食付き 11,490円~

チェックイン14:00 チェックアウト10:00

日帰入浴10:00~17:00 大人500円 子供250円

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純和風木造三階建て、湯治宿の風情を残す

およそ600年前に発見されたと伝わる鎌先温泉で、寛政元年創業の歴史をもつ最上屋旅館は、木造三階建てで一際目立つ風格を漂わせている。今日まで代々受け継がれてこれたのは、お客様をもてなす心と、純和風木造の宿への愛着からであろうか。木造建築の伝統を受け継いだ外観や、玄関から二階へと通じる磨きこまれた階段も懐かしく、飴色の輝きに心癒されるのである。

大正時代建築の本館の客室は、日本古来の文化が息づき木の温もりを感じる純和風で、懐かしい心地よさに浸れる。

湯治棟になっている二階建ての別館は、部屋の造りは簡素だが清潔で、別に炊事室も用意され、長期滞在の湯治客にも対応できるようになっている。術後の回復期、切り傷や火傷にも効果があるといわれ、多くの湯治客が訪れるという。

青根温泉 湯元不忘閣

宮城県

青根温泉 湯元不忘閣

アオネオンセン ユモトフボウカク

〒989-0908

宮城県柴田郡川崎町青根温泉1-1 地図

TEL0224-87-2011

公式サイトhttp://www.fubokaku.com/

室数14室 料金一泊二食付き 15,810円~

チェックイン15:00 チェックアウト10:00

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伊達藩主代々の保養所

不忘閣は、21代続いている歴史の古い温泉宿であり、先祖は伊達公から「湯別当」として高禄をもらい、代々藩主の保養所守りと、関守を兼ねていたという由緒ある家系であり、伊達公ゆかりの遺品も多く所蔵している。

青根御殿は、伊達藩主一門の入湯のため殿間を造営し青根御殿と称したものであり、明治38年の焼失後、昭和7年に総檜二階建桃山式の昔仕様のままに再現されたものであり、大藩の後ろ盾のあった風格を今に伝えている。

門をくぐり玄関を入ると、正面には伊達藩主よりいただいた「永々湯守」の号が掲げられている。築100年を越す旧湯治部の木造建築のレトロな客室は、かつて文人墨客も泊まった部屋であり、今は夕食時の会食室として利用されている。

450年の歴史をもつ創業時の石風呂は、浴槽はそのままに古代建築技法で、9トンの土を温泉でこね土壁を造り、青森ヒバを組み上げた浴室「大湯金泉堂」が完成、復活したのは2008年である。

作家の山本周五郎もここに泊まり、「樅の木は残った」の一部を執筆している。裏庭のモミの木や青根御殿が歴史を語りかけているような宿である。

銀山温泉 能登屋旅館

山形県

銀山温泉 能登屋旅館

ギンザンオンセン ノトヤリョカン

〒999-4333

山形県尾花沢市銀山新畑46 地図

TEL0237-28-2327

公式サイトhttp://www.notoyaryokan.com/

室数15室 料金一泊二食付き 16,350円~

チェックイン14:00 チェックアウト10:30

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大正ロマン漂う温泉街に燦然と輝く

銀の鉱山として栄え、500年の歴史をもつ銀山温泉。旅情をかきたてる大正ロマンの漂う家並みは、訪れる人々を魅了してやまない。明治25年創業の能登屋旅館は、銀山温泉を代表する宿の1軒で、何度か手を加えられながらも昔の面影をそのままに、古き良き時代の懐かしさを今に伝え、楼閣を思わせるたたずまいを見せている。

最も特徴的な大正10年に完成した木造三階建ての上に聳える展望塔は、今は談話室として使用されており、吹き抜けのユニークな天井である。建築時の姿をそのまま留めている階段の、飴色のツヤにも歴史の重みがにじみ出ている。

銀山川を挟んで建つ旅館やガス灯に灯が入り、川面に揺れる頃、浴衣に下駄履きのそぞろ歩きは懐かしい温泉情緒そのもの、ここ銀山の古き良きものと、文明開化の波が溶け合った大正時代へタイムスリップしたかのような錯覚に見舞われる。

白布温泉 湯滝の宿西屋

山形県

白布温泉 湯滝の宿西屋

シラブオンセン ユタキノヤドニシヤ

〒992-1472

山形県米沢市大字関1527 地図

TEL0238-55-2480

公式サイトhttp://nishiya-shirabu.jp/

室数17室 料金一泊二食付き 12,030円~

チェックイン14:00 チェックアウト10:00

日帰入浴11:45~10:00 大人700円 子供350円

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郷愁誘う木造・茅葺屋根の佇まい

江戸時代より残る築約200年の茅葺入母屋造りの母屋に、築約80年の本陣造りの本館。昭和末期に建てられた食事処と離れも、昔ながらの木造建築が特徴で重厚なたたずまいを見せている。よく磨きこまれた柱や手すりにも、木の温もりと歴史の重みが伝わってくるようであり、日本の伝統文化、木造建築の良さを守り、後世に残そうとする若い主人の気持ちが表れている。

米沢市は平成23年7月5日、これらの建築物を景観法に基づく「市景観重要建造物」の第一号に指定した。石積み基礎、正面玄関の石段とも見事な調和を見せており、地域の景観に重要な建造物として指定したのである。この指定を受けた館主は、「この度の震災や津波で多くの命や建造物が失われた。古里の懐かしい景観を大事にしたい思いも強くなる。代々続いてきた伝統ある旅館を大事に守り、観光新興に役立てたい」と話している。自然の風景に溶け込んだ懐かしい景観と、伝統の木造建築の温もりと優しさは文化遺産としての価値も高く、古より滔々と流れる出湯の温泉文化とともに、長く後世に受け継がれていくものと信じたい。

岩瀬湯本温泉 ひのき風呂の宿分家

福島県

岩瀬湯本温泉 ひのき風呂の宿分家

イワセユモトオンセン ヒノキブロノヤドブンケ

〒962-0621

福島県岩瀬郡天栄村大字湯本字居平7 地図

TEL0248-84-2314

公式サイトhttp://www.yuyado-bunke.com/

室数8室 料金一泊二食付き 11,490円~

チェックイン15:00 チェックアウト10:00

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古民家が生きる宿

岩瀬湯本温泉は、開湯1200年の歴史をもつ名湯でありながら、城下町会津若松と日光を結ぶ会津西街道と奥州街道の狭間に位置するためか、世間一般には余り知られておらず、昔ながらのひなびた情緒にひたることができる。

「ひのき風呂の宿分家」は、築140年という古民家を利用したものであり、白壁に茅葺きの曲がり家風建築は、まさに日本の原風景を見るようである。本館の磨きこまれた廊下の柱や部屋の梁、黒光りする自在かぎの下がる囲炉裏のある大広間、簡素ながらも重厚な客室など、随所に日本の古き良きものを大事にしてきた生活を垣間見ることができる。

嵯峨天皇ゆかりの源泉かけ流しの温泉は、ひのきの湯船にあふれ旅の疲れを癒してくれる。

関東・東海の会員

日光 日光金谷ホテル

栃木県

日光 日光金谷ホテル

ニッコウ ニッコウカナヤホテル

〒321-1401

栃木県日光市上鉢石町1300 地図

TEL0288-54-0001

公式サイトhttps://www.kanayahotel.co.jp/

室数71室 料金一泊二食付き 26,226円~

チェックイン15:00 チェックアウト11:00

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リゾートホテルの先駆者としての思いが脈々と

東照宮の楽職であった金谷善一郎が、親切心から宿探しで困っていた外国人を自宅に泊めたのは明治4年のこと。この外国人こそヘボン式ローマ字の考案者としても知られるヘボン博士だったのである。このことがきっかけとなり、善一郎は東照宮を破門されたが、博士の勧めで自宅の一部を外国人に供するようになったのが明治6年で、日本のリゾートホテルの草分け「日光金谷ホテル」の始まりである。

自宅での営業が手狭になり、現在の地に移ったのは明治26年のことである。以来、今日に至るまで、幾度かの増改築は行われたものの、瀟洒な洋館の中には、和風の装飾品や調度品が各所に配置されており、外界から切り離されたかのような不思議な空間が広がっている。

平成11年には「日光の社寺」が世界遺産に指定され、17年には湯の湖、湯川、戦場ヶ原、小田原の「奥日光湿原」がラムサール条約に登録された。

聖地「日光」としてだけでなく、避暑地「Nikko」を訪れる国内・外のお客様を迎えるリゾートホテルとして、金谷ホテルの役目は大きく多くの人々に愛され続け、日光の歴史と文化に育まれてきた。

平成17年に本館と新館、別館と竜宮の4棟が国の登録有形文化財に指定されたのを機に、伝統の継承と創造に取り組む金谷ホテルの姿勢は更に強くなっている。

箱根宮ノ下温泉 富士屋ホテル

神奈川県

箱根宮ノ下温泉 富士屋ホテル

ハコネミヤノシタオンセン フジヤホテル

〒250-0404

神奈川県足柄下郡箱根町宮ノ下359 地図

TEL0460-82-2211

公式サイトhttp://www.fujiyahotel.jp/

室数146室 料金一泊二食付き 25,098円~

チェックイン15:00 チェックアウト11:00

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本格的なリゾートホテルとしての第一人者

富士屋ホテルは明治11年(1817年)7月、山口仙之助により宮ノ下に創立された。当時既に500年の歴史を誇ったという藤屋旅館を買収、そこに3階建ての洋式の設備を整えた建物を建て、当初から外国人を滞在させる目的で開業した。

その後、明治16年12月、宮ノ下大火によって施設は全焼したが、翌年には平屋の洋館一棟を竣工させ営業を再開。この後、明治24年には社寺建築を思わせる瓦屋根、玄関に唐破風をつけた本館を竣工。明治39年に建築された西洋館は典型的な明治期の洋風建築である。大正12年の関東大震災では甚大な被害を受けたが数日にして復興工事を開始し、翌年の夏には営業を再開した。昭和5年には食堂(メインダイニングルーム)「ザ・フジヤ」が完成。その格天井には600余種類の高山植物、蝶々、500余種の鳥が描かれ、壁には花・鳥・十二支の彫刻が施されている。昭和11年には和洋折衷の建物花御殿が建築され、昭和21年には明治28年に建築された宮ノ下御用邸の払い下げを受け「菊花荘」と命名し営業を開始した。これらの建築群が国の登録有形文化財となったのは平成9年のことである。

塔ノ沢温泉 福住楼

神奈川県

塔ノ沢温泉 福住楼

トウノサワオンセン フクズミロウ

〒250-0315

神奈川県足柄下郡箱根町塔之沢74 地図

TEL0460-85-5301

公式サイトhttp://www.fukuzumi-ro.com/

室数17室 料金一泊二食付き 22,000円~

チェックイン15:00 チェックアウト10:00

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一世紀を超えた貴重な木造建築

塔ノ沢温泉は、古くから早川渓谷に沿って開かれた温泉場で、「福住楼」は1890年創業の老舗旅館である。一世紀を超える京普請の数寄屋造りであり、貴重な建築物として平成14年に建物全体が国の登録有形文化財に指定された。

建築材料やデザイン、手法、特に「竹」の持つ美しさを顕著にしているとして高く評価されている。多棟式木造三階建てで、17室の客室は間取りや室内の造作はすべて異なり同じ部屋はないという。福沢諭吉、夏目漱石、島崎藤村、川合玉堂をはじめ、多くの文人墨客が部屋を指定して長逗留していることでも知られる。

山峡の温泉に息づく伝統の旅館建築木造の貴重な建築文化と、日本旅館としてのおもてなし文化を伝承していくことをモットーとしている「福住楼」は温泉自慢の宿でもある。名物の「大丸風呂」には湧水で調整された無色透明のアルカリ性単純泉があふれている。

湯河原温泉 伊藤屋

神奈川県

湯河原温泉 伊藤屋

ユガワラオンセン イトウヤ

〒259-0314

神奈川県足柄下郡湯河原町宮上488 地図

TEL0465-62-2004

公式サイトhttp://www.itouya-net.jp/

室数13室 料金一泊二食付き 17,820円~

チェックイン15:00 チェックアウト10:00

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文学と歴史の薫りを今に伝えて

古く万葉集にも詠まれた湯河原は、秘湯の趣が今も残る静かな温泉場。この地の閑雅な風情と落ち着いた佇まいを愛し、執筆活動の場を求めた文人たちは数多く、逗留・滞在した際の足跡が数多く残っている。

「伊藤屋」には、詩人であり小説家でもある島崎藤村が親しく訪れていた。藤村は昭和三年から十余年の間、年四回の原稿提出後の約一週間、温泉保養をかねてここで心ゆくまで寛いだという。藤村の名作「夜明け前」の原案は旅館の一室で練られた。今でも大拙に保管されているゆかりの品々が、当時の雰囲気や藤村の人となりを語りかけてくるようだ。

その他にも徳大寺公爵や黒田清輝、円朝、有島武郎、内村鑑三等、文人・墨客の常宿として愛されてきた旅館は、昭和十一年二月二十六日、歴史上あまりにも有名な二・二六事件の際、投宿中の牧野伸顕伯爵を麻布第一聯隊の兵士が襲撃した事件の舞台にもなった。

本館三棟のうち大正時代建築の二棟と石垣・門柱は、国の有形文化財に登録されている。

湯河原温泉 源泉上野屋

神奈川県

湯河原温泉 源泉上野屋

ユガワラオンセン ゲンセンウエノヤ

〒259-0314

神奈川県足柄下郡湯河原町宮上616 地図

TEL0465-62-2155

公式サイトhttp://www.uenoya-net.jp/

室数18室 料金一泊二食付き 14,190円~

チェックイン15:00 チェックアウト10:00

日帰入浴13:30~18:00 大人1,000円 子供1,000円 土曜日や休前日の利用不可

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大正時代の旅館建築

「足柄の土井の河内に出づる湯の世にもたよらに子ろが言わなくに」と、万葉集の東歌にあるように、湯河原温泉は万葉の時代から知られた温泉地であったことがわかる。湯河原の湯は総じて刺激の少ないやわらかな湯で、夏目漱石、島崎藤村、芥川龍之介をはじめ多くの文士が足跡を残している。

木造純和風の建築の3棟からなり、昭和5年建築の本館は、敷地の傾斜に寄り添うように4階建てになっている。大正12年建築の別館、昭和11年建築の玄関棟と合わせて国の登録有形文化財の指定を受けたのは平成22年である。玄関正面の本館と別館につながる懐かしい趣の階段や、凝った造りの純和風の客室に、磨きこまれた木の温もりがあり、日本旅館の情緒が漂っている。

法師温泉 長寿館

群馬県

法師温泉 長寿館

ホウシオンセン チョウジュカン

〒379-1401

群馬県利根郡みなかみ町永井650 地図

TEL0278-66-0005

公式サイトhttp://www.hoshi-onsen.com/

室数35室 料金一泊二食付き 16,350円~

チェックイン15:00 チェックアウト10:30

日帰入浴10:30~13:30 大人1,000円 子供1,000円

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秘湯という言葉そのままに

上越国境、三国峠の深い谷間に、悠久の時を越えて湧きつづける法師温泉は、弘法大師が巡錫の折に発見したと伝えられる古い歴史を持つ。温泉場として形をなしたのは江戸末期のことで、一軒宿の「長寿館」は現在6代目の館主が守り継いでいる。

明治初期に建てられた本館の玄関を入ると、黒光りしている柱や梁が剥き出しの吹き抜けロビーに圧倒される。その一角には「いろりの間」があり、薪で鉄瓶の湯を沸かし、お茶が飲めるようになっている。ここは代々の館主が、静寂な山の出湯を訪れた文人墨客をもてなした場所で、今でも旅人の団欒の場になっている。

明治28年に建てられて以来、一世紀を超える大浴場「法師乃湯」は、温泉が自然湧出する岩盤の上に玉石を敷き詰め、周りを木枠で囲って湯船とし、杉皮葺きの屋根をかけた名物風呂である。大きな杉丸太の梁、ブナやナラの板を使った木造の湯殿でありながら、窓は半円状の洋風仕様と鹿鳴館風で、国鉄時代のフルムーンのポスターはここで撮影されたのである。浴室棟は他に小さいながらも良質な足元湧出温泉の「長寿乃湯」と三国山脈を望む豪壮な「玉越乃湯」がある。客室棟は法師川に沿っており、昭和15年に別館が、53年に薫山荘、63年に法隆殿が建てられた。古い建築群と新しい建築群からなる法師温泉ではあるが、少しも違和感はなく歴史と文化の融和した秘湯の雰囲気が漂っている。これらの建築群のうち旅籠風情の本館と、法師乃湯の浴室棟、別館の客室棟が平成18年に「国の登録有形文化財」として指定された。

小川 二葉

埼玉県

小川 二葉

オガワ フタバ

〒355-0328

埼玉県比企郡小川町大塚32 地図

TEL0493-72-0038

公式サイトhttp://ogawa-futaba.jp/

室数6室

食事昼食 2,000円~ 夕食 5,000円~

営業9:00~20:00

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山岡鉄舟ゆかりの宿

二葉楼本館は、十一代目当主が東武鉄道開通に伴い小川町停車場通りができたことにより、昭和八年十月に建築された。瓦葺木造二階建、本格的数寄屋造りで、棟梁は東京から招聘し、完成までに一年近く費やした当時は大変大掛かりなものであった。

正面玄関に掲げられている「二葉楼」の偏額は、山岡鉄舟先生(忠七めしの名付け親)が八代目当主のために揮毫したものを篆刻したものだという。

本館の建物外観は建設当時と変わっておらず、建物内部の壁面は上塗の壁土に鉄粉を混ぜた壁で、鉄が酸化してさび色になる為「錆壁」と呼ばれ、現在では修復が難しいという。

離れは茶室兼客室として庭園の池の上に建てられており、庭園の一部になるように造られている。本館と同時期に建設されており、やはり錆壁が施されているが本館とは風合いが異なっている。また変木など自然のままの素材が多く使われ、数寄屋にふさわしい佇まいである。

本館と離れは平成十六年六月に国の登録文化財にしてされた。

蛇の湯温泉 たから荘

東京都

蛇の湯温泉 たから荘

ジャノユオンセン タカラソウ

〒190-0221

東京都西多摩郡檜原村数馬2465 地図

TEL042-598-6001

公式サイトhttp://janoyu-takarasou.o.oo7.jp/

室数5室 料金一泊二食付き 14,500円~

チェックイン15:00 チェックアウト10:00

日帰入浴10:00~18:00 大人1,000円 子供700円

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地方文化を伝えるカブト造り

東京の西部山間部の檜原村の数馬の集落、ここは養蚕業も盛んであった所で、一階に人が住み二階より上が養蚕や物置として使われてきた民家が残されている。合唱造りを採光や排煙、風通しをよくした建築様式で、外観が兜に似ていることから兜造りと言われている。茅葺き屋根で妻側の二重の庇に特徴があり、重厚さと優美さを演出している。

「たから荘」も兜造りの建築で、茅葺の上を檜皮で覆い檜皮葺きのように葺きあげたもので一際目立つ母屋は江戸時代から残るもので手をかけて守られてきた日本文化と言えよう。この建物は平成25年に国の有形文化財として登録された。

豊かな自然の残る東京のふるさと、数馬の里を訪ね、13代目の若夫婦が切り盛りする小さな宿に泊まり、山里料理に舌鼓を打ち、伝統建築、大切な文化財に触れるのも新しい旅のあり方と言えよう。

湯ヶ島温泉 落合楼村上

静岡県

湯ヶ島温泉 落合楼村上

ユガシマオンセン オチアイロウムラカミ

〒410-3206

静岡県伊豆市湯ヶ島1887-1 地図

TEL0558-85-0014

公式サイトhttp://www.ochiairo.co.jp/

室数15室 料金一泊二食付き 28,000円~

チェックイン15:00 チェックアウト10:00

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和の建築とモダン建築が融合

明治7年、伊豆で金山開発を手掛けていた足立三敏が、金山に来るお客様をもてなす為、深山幽玄の地に創業した「眠雲楼」が歴史の始まりである。明治14年に、逗留していた幕末の三舟のひとり山岡鉄舟が、本谷川と猫越川が落ち合う様に眺めて「川と川が落ち合う宿」と詠ったところから「落合楼」に改名。以後、130年近くもの間、「眠雲閣落合楼」の屋号で親しまれたが、平成14年11月リニューアルし、「落合楼村上」として再出発。

現存する玄関を含む「本館」と「眠雲亭」並びに当時のオーナーの「居住棟」など7つの木造建築群は、昭和8年から12年にかけて建てられたもので、7棟全てが国の有形文化財に登録されている。

約3000坪の敷地に15室、天城山系から湧き出る清流や滾々と溢れ出る源泉かけ流しの温泉、地の旬の素材を生かした月替わりの会席料理等、多くの文人・墨客が静寂を求めて訪れた宿でゆったりとしたひと時をお愉しみください。

志太温泉 潮生館

静岡県

志太温泉 潮生館

シダオンセン チョウセイカン

〒426-0071

静岡県藤枝市志太600-2-2 地図

TEL054-641-2263

公式サイトhttp://www.chooseikan.com/

室数10室 料金一泊二食付き 18,150円~

チェックイン16:00 チェックアウト10:00

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棟梁や職人の心意気が溢れる

古くから茶葉の生産と流通で栄えてきた東海道藤枝宿。その地に明治22年に創業した潮生館は、茶屋問屋の接待や政財界や梨園の人々の投宿に使われてきた。

離れの「香梅荘」は昭和8年に、本館は昭和14年に建築され、国の登録有形文化財になっている。玄関や客室の欄間、ふすまなどに梅花模様を配するなど、建主の建物への思いが伝わる意匠を凝らした離れの間、曲木・変木をふんだんに使った風趣に富んだ本館。共に”粋”が随所にちりばめられた建物は、今なお新しさを感じさせてくれるであろう。風呂は、このエリアでは珍しい自噴泉の温泉で、海水を思わせる塩分を含んだ淡い白濁色のにごり湯である。これが肌に薄い膜を張るように馴染み、湯上がりは温もりが持続し、肌をしっとりと保湿してくれる。源泉掛け流しを保つため、泉質を活かすのに最適な湯船の大きさと数にしている点も、温泉ファンに支持を受けている要素であると思われる。

中部の会員

南魚沼 欅苑

新潟県

南魚沼 欅苑

ミナミウオヌマ ケヤキエン

〒949-7112

新潟県南魚沼市長森24 地図

TEL025-775-2419

公式サイトhttp://www.keyakien.com/top.shtml

室数8室 料金一泊二食付き 12,960円 15,120円

食事5,400円 7,560円 

営業11:30~15:00(入店は13:00まで)、17:00~21:30(入店は19:30まで)

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雪国・越後の典型的な田舎造り

信濃川の支流魚野川流域は肥沃な土地で、米どころ新潟でも魚沼産コシヒカリの産地として知られている。また、この流域は日本海側から吹きつける寒気団が、太平洋側との背梁にぶつかり大雪をもたらせる豪雪地でもある。

各地の気候風土は、そこに生きる人々に色々な試練を強いると同時に、知恵と工夫をも授け、独特の文化が生まれる。豪雪地では雪の重さに耐え、暑さ寒さをしのぐ雪国独特の建築が見い出されるのである。

「欅苑」は、明治3年に建てられた雪国越後の典型的な茅葺き田舎造りの屋敷で、太い柱や梁を用いた建築に細やかな細工の欄間など、由緒ある旧家の屋敷だった事がうかがい知れる。この屋敷で料理屋を始めたのは、昭和61年のことで、地元で採れる山菜や自家栽培の旬の野菜を使った田舎料理が評判になっている。庭には店名の由来となった樹齢約1500年の大欅がそびえている。

松之山温泉 凌雲閣

新潟県

松之山温泉 凌雲閣

マツノヤマオンセン リョウウンカク

〒942-1435

新潟県十日町市松之山天水越81 地図

TEL025-596-2100

公式サイトhttp://www.ryounkaku.net/

室数17室 料金一泊二食付き 14,140円~

チェックイン15:00 チェックアウト10:00

日帰入浴12:00~15:00 大人500円 子供300円

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豪雪に耐え日本の建築技術を伝える木造三階建

有馬・草津と並び日本三大薬湯に数えられる松之山温泉は、豪雪地としても知られる新潟県南西部の山間部に位置し、棚田の残る自然郷にある。国の歴史的景観に寄与しているものとして、平成17年に登録有形文化財に指定された凌雲閣は、豪雪にも耐えられる建築技術を今に伝える木造三階建ての建物で、その姿は日本の原風景に相応しく見上げるだけでも郷愁をかきたてるものがある。

この建物は1938年の建築で、当時の主が上州渋川から宮大工を呼び寄せ、一人一室を担当させ、技と意匠を競わせて建てられたものという。板を張った玄関は磨きこまれ、無垢材を使用した階段の手摺にも昭和初期の木造建築の特徴がにじみ出ており、古き良き物が大事に使われてきた様子がうかがえる。傘を張ったような天井の部屋、可愛らしい飾り窓のある部屋、凝った設えの欄間と、宮大工一人一人の創意工夫が施された本館の14室は、それぞれが遊び心にあふれ、歴史が息づき、古き良き時代の浪漫漂う懐かしい郷愁の宿である。

出湯温泉 清廣館

新潟県

出湯温泉 清廣館

デユオンセン セイコウカン

〒959-1926

新潟県阿賀野市出湯802 地図

TEL0250-62-3833

公式サイトhttp://seikokan.jp/

室数11室 料金一泊二食付き 12,030円~

チェックイン15:00 チェックアウト10:00

日帰入浴11:00~15:00 大人1,000円 子供700円

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昭和初期建築、歴史を伝える隠れ宿

馴染みの薄い温泉名ではあるが、弘法大師開湯と伝わる1200年の歴史があり、古くより湯治湯として親しまれている新潟県最古の温泉地である。村杉、今板と並ぶ五頭温泉郷の一湯で、裏手には五頭山が迫り、木々のささやき、冬の雪景色が山峡のいで湯情緒を残している。

創業150年の清廣館は、昭和3年に立て直された木造三階建て。当時の職人さんが技の限りを尽くしたもので、床柱にはツツジ、ビワ、モミジなど吟味した素材を使い、客室から廊下まで、丹精を込めて造り上げられている。老松老杉の木立に囲まれた純和風旅館の佇まいは、風格と昭和初期の風情を残し、環境に自然と溶け込んでいる。裏に迫る五頭山は山菜の宝庫で、春のタケノコ、ワラビやゼンマイはもとより、秋のキノコと、豊富な四季の旬菜が食膳に並ぶ。

家源泉の単純弱放射能温泉は、33度とぬるめの湯。温水ボイラーを通して適温に加温され、源泉かけ流しとなっている。やさしい肌触りの湯は、美肌効果があり、神経痛や筋肉痛に効能があるという。何よりも、木の持つ温もり、古きよき時代の日本の原風景、懐かしい故郷を思い出させるような静かな佇まいと、四季折々の風情あふれる自然環境が郷愁を誘う。

戸隠中社 宿坊極意

長野県

戸隠中社 宿坊極意

トガクシチュウシャ シュクボウゴクイ

〒381-4101

長野県長野市戸隠中社3354 地図

TEL026-254-2044

公式サイトhttp://www.egokui.com/

室数8室 料金一泊二食付き 14,040円~

チェックイン15:00 チェックアウト10:00

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威厳あふれる宿坊建築が息づく

戸隠山の開山は、天岩戸神話に由来し、平安時代末、修験道の道場として知られていた、比叡山、高野山と共に「三千坊三山」と呼ばれるまでに栄えたが、戦国期には上杉、武田の争いにも巻き込まれ衰退していった。後に徳川家康公に手厚く保護され、寛永寺の末寺として、修験道とは切り離され、農業、水の神としての性格が強まり関東、中部、北陸を中心に戸隠講が生まれ広く信仰をあつめた。明治になり一千年に及んだ神仏混合を分離、廃仏毀釈が行われ衆僧は還俗して神官となり、聚長と呼ばれるようになった。

極意は戸隠神社の聚長家(宿坊)で、代々神明奉仕をその職としており、信者に祈祷の取次ぎや宿泊の便宜を計っているもので、この地が山岳宗教のメッカだった頃の創始といわれている。

現在の建物は文化12年(1815年)に再建されたもので、積雪に強いとされる「セガイ造り」と呼ばれる神殿、庫裏、庭園からなり、平成17年に国の登録有形文化財に、また、23年には長野市重要保存建物に指定されている。

軽井沢 万平ホテル

長野県

軽井沢 万平ホテル

カルイザワ マンペイホテル

〒389-0102

長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢925 地図

TEL026-254-2044

公式サイトhttp://www.mampei.co.jp/

室数109室 料金一泊二食付き 22,600円~

チェックイン15:00 チェックアウト11:00

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西洋式ホテルの草分けのひとつ

現在の「万平ホテル」の創業元年は、「亀屋ホテル」の名で開業された明治27年である。明治35年に現在の場所に移転、客室22の洋風建築を新築、改称したのは明治29年で移転するより前に本格的なホテル営業が開始された「日光金谷ホテル」も手がけた久米権九郎の設計による現在の本館アルプス館は、昭和11年に完成したものである。

太平洋戦争の開戦に伴い、軽井沢が外国人の疎開地に指定された昭和18年、ソ連とトルコの大使館員が万平ホテルに疎開。終戦後は連合国軍のアメリカ陸軍に接収され全館が営業停止になり、GHQの要請で冬期営業が可能になるよう改造され、連合国将校向け宿泊基地としての役割を果たした。その後、昭和27年の接収解除により一般営業を再開したのである。

床の間を配した和と洋が調和した部屋、猫足のバスタブなど、落ち着いた空間のクラシックルームのアルプス館。ライティングデスクを備えた書斎タイプの部屋もあるウスイ館に、4名まで利用できるゆったりツインタイプの別館。別荘のような静けさにホテルの機能性を備えたプライベートルームのコテージスイートと、増・改築し現在に至っている。

アルプス館、桧館が近代化産業遺産に指定されたのは平成19年のことで、日光金谷ホテル、宮ノ下富士屋ホテルとともに、クラシックホテルの一つとして高い評価を受けている。

田沢温泉 ますや旅館

長野県

田沢温泉 ますや旅館

タザワオンセン マスヤリョカン

〒386-1601

長野県小県郡青木村田沢温泉2686 地図

TEL0268-49-2001

公式サイトhttp://www.masuya-1ban.com/

室数17室 料金一泊二食付き 10,950円~

チェックイン15:00 チェックアウト10:00

日帰入浴10:00~20:00 大人500円 子供500円

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島崎藤村ゆかりの宿

上田市郊外に広がる塩田平周辺は、「信州の鎌倉」と呼ばれるように、鎌倉時代から室町時代にかけて多くの寺院が建立され、中には国宝や重要文化財を所蔵する寺院もあり、訪れる人も多い。青木村にある大法寺にも重要文化財の仏像と国宝の三重塔がある。街道を行き来する旅人達が何度も振り返ったとか、「見返りの塔」とも呼ばれている。

近くには島崎藤村の小説「千曲川スケッチ」に出てくる田沢温泉がある。小諸塾で教鞭をとっているときに訪れ泊まった宿が「ますや」である。白壁の土蔵と木造三階建て4棟が建ち並び、藤村の間のある寄せ棟の高楼など、往時の面影そのままにそれぞれに趣きのある佇まいを残している。これらの建築群が国の有形文化財に登録されたのは平成17年のことである。

別所温泉 旅館花屋

長野県

別所温泉 旅館花屋

ベッショオンセン リョカンハナヤ

〒386-1431

長野県上田市別所温泉169 地図

TEL0268-38-3131

公式サイトhttp://hanaya.naganoken.jp/

室数43室 料金一泊二食付き 16,350円~

チェックイン15:00 チェックアウト11:00

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宮大工の手による純日本建築

別所温泉の6500坪の敷地に、ゆったり寛げる宿を作りたいと、地元有志の共同出資で4年かけて建築され、大正6年には創業されたのが「花屋」のはじまりである。別所温泉のある塩田平は信州の鎌倉とも言われ、元々古い寺院が多く、宮大工も多くいて、建物の普請は創業から現在に至るまで一切を手がけてくれ、この宿の修繕部にも大工が常駐しているという。

別所に育った宮大工達は、部屋の柱や欄間の細工に身近な自然をモチーフとして取り込み、部屋ごとに特徴を生み出している。また新潟県上越市にあった遊廓を移築したものもあり、貴重な天井欄間の蒔絵も保存されている。

池のある中庭を囲むように建てられた建築群を結ぶ廊下も、豊かな自然を目の当たりにでき、風趣にとんだ空間を創りだしている。

玄関棟の屋号の入った提灯に迎えられ、入ったロビーは大正浪漫が漂っている。レトロなランプ、シャンデリア、懐かしい置時計や美術品に珍しい屋根裏空間と、柔らかな光を放つランプが絶妙に調和している。大浴場にもステンドグラスが用いられるなど、和の文化・情緒に加え館内のいたるところに大正モダンが漂っている。

九州の会員

雲仙温泉 雲仙観光ホテル

長崎県

雲仙温泉 雲仙観光ホテル

ウンゼンオンセン ウンゼンカンコウホテル

〒854-0621

長崎県雲仙市小浜町雲仙320 地図

TEL0957-73-3263

公式サイトhttp://www.unzenkankohotel.com/

室数39室 料金一泊二食付き 24,750円~

チェックイン14:00 チェックアウト11:00

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雲仙の緑豊かな自然に溶け込むクラシックホテル

古くから外国人に親しまれていた雲仙は、わが国の国立公園第1号として昭和9年に指定されている。外国人観光客誘致の国策として各地に洋風スタイルのホテルが建設されることになったのは昭和7年のことで、雲仙にも建築されることになった。

竹中工務店が設計施工を担当し、手がけた第一号ホテルとして昭和10年10月10日にオープンしたのが「雲仙観光ホテル」である。スイスのシャレー風建築が印象的である。

母体が造船会社だったかどうかは定かではないが、地上3階・地下1階建ての客船をイメージしたもので、39の客室、メインダイニング、バー、ギフトショップ、図書館、撞球室、家族風呂、温泉浴室が完備され、当時の面影が今も色濃く残っている。

このホテルを訪れたハンガリー文化使節団のメゼイ博士は「南欧チロルの山の美に、リビアの海の美を加えたようなもの。崇高な世界美というのは、東洋的であり、西洋的でもあって、なにも不自然さがない」と称賛したと記されている。

終戦後駐在米軍に接収されていたが、昭和25年に営業再開されたのである。昭和54年には「建てられた時代を象徴する総合芸術であり、歴史を伝えるモニュメント」と、日本建築学会により近代日本の名建築に選ばれ、平成15年には国民的財産とされ、国の登録有形文化財にしるされた。

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